(写真:福島県内で除染した汚染土を入れた大きな黒い袋(フレコンバッグ)が増え続けて、1000万袋(約1千万立方メートル)を超えたそうです。)
東日本大震災からまる5年がたちます。
最近の発表では、震災の死者数は15893人
行方不明者2563人、震災関連死3331人
避難・転居者数186602人という数字を見ることができます。
福島県では、十数万人が放射能汚染によってふるさとを追われたままです。
この数字の1つ1つに人間があり、歴史があり、語り継ぐべきストーリがあることを忘れてはいけないし、時と共に風化しなしようしっかり心に刻みつけていきたいと強く思いながら5年目の朝を迎えています。
東北を襲ったあの震災をきっかけに、自分の価値観や生きる目的を改めて見直した人も多いのではないでしょうか?私自身、震災前の自分を考えると、まるでディズニーランドの世界を生きていたような気がします。「不都合な真実」には目を背け、心地より「嘘」を追い求めていたように思います。あの震災・そして原発事故という人災を機に、その「嘘」で固められた幻想ががたがたと崩れ始め、無関心という心の病が作り出したモンスターを目の当たりにし、まさに自分が加害者であったと自責の念に囚われ、どうしていいか分らず、途方に暮れてしまったのを思いだします。
「安い」とか「便利」なんていう心地のよい言葉の裏には誰かが犠牲になっている事が多い。原発もそうした嘘が作り出した虚像ですよね。「安くてクリーンなエネルギー」どころか、人類、いや、地球上のすべての命を犠牲にする恐ろしいモンスターであるにも関わらず、政府は必死になって再稼動を急いでいるなんて本当に狂気以外の何物でもない。
2011年12月、民主党政権下、原発事故の収束宣言、そして安部首相の「アンダーコントロール」と原発事故後嘘の発言が相次ぎました。 「女性が輝く」「一億総活躍社会」「介護離職ゼロ」・・・ウソを通り越し、国民を苦しめる政策を次々と繰り出されている現状に、私は怒りを覚えています。政治でも経済でも、その中心は人間を大切にするというものでなければいけませんよね。人間を手段として利用するのではなく、目的として大切にすること、それが今の社会には欠けているような気がします。
とりとめなくつらつらと今の思いを書いてしまいましたが、3・11以後を生きる私達の責任は、少々不便でも、我慢する事が多くなっても、収入が減っても、「心地のよい嘘」より「不都合な真実」を選択することのように思います。私自身、共に生きる社会・人間を大切にする社会を築いていく、そうした目的を見据えながら、今なすべきことを誠実に努めていきたいと思っています。